東京高等裁判所 昭和45年(ネ)3202号 判決 1976年8月16日
控訴人 高嶺交易株式会社
右代表者代表取締役 三井鉄男
右訴訟代理人弁護士 榎赫
同 景山収
右訴訟復代理人弁護士 糸賀了
被控訴人 朴永浩
右訴訟代理人弁護士 岩本義夫
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 控訴の趣旨
1、原判決を取消す。
2、被控訴人が訴外村井産業株式会社に対する横浜地方裁判所小田原支部昭和四三年(ヨ)第九四号温泉権仮処分申請事件の仮処分決定に基づいて昭和四三年八月二八日に別紙目録記載の温泉権についてなした仮処分執行を許さない。
3、訴訟費用は、第一審、第二審とも被控訴人の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
控訴棄却の判決を求める。
第二当事者の主張及び証拠
次の通り附加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。ただし、原判決事実摘示中「原告の申立」のうち「横浜地方裁判所」とあるのを「横浜地方裁判所小田原支部」と訂正する。
一 控訴人の主張
1、被控訴人が訴外村井産業株式会社から譲受けたと主張する温泉権は、実際には、温泉法第二条に定める「温泉源」に過ぎず、土地所有権から独立して法律上の保護を受けるに値するものではない。
2、温泉権の対抗要件としての明認方法は、単に立札を立てるなどの方法をとるだけでは十分でなく、掘さくのための施設を設置するなどして、現実に温泉権を支配管理している事実を示すことが必要である。
3、これに対し控訴人は泉源地(箱根町強羅字板里一三二一番の一九二山林八〇三平方メートル)を所有しているが、被控訴人の権利が右のようなものである以上、控訴人は温泉権という負担のついていない泉源地所有権、即ち自由にこれを使用収益処分できる権利を有しているのに、本件仮処分の執行によってこれを妨げられている。
二 被控訴人の答弁
控訴人主張の1事実は否認し、2及び3の主張を争う。
現在、泉源のバルブは閉ぢてあるが、開ければ温泉は湧出する。
理由
第一仮処分の執行
一 被控訴人が、自己を債権者とし、訴外村井産業株式会社を債務者とする横浜地方裁判所小田原支部昭和四三年(ヨ)第九四号温泉権仮処分申請事件について、同年八月二三日に、「債務者は、別紙目録記載の温泉権を他に譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分をしてはならない。債務者の右温泉権の泉源に対する占有を解き横浜地方裁判所小田原支部執行官にその保管を命ずる。執行官は、前記命令の趣旨を適当の方法で公示しなければならない。債務者はこの占有を他に移転し又は占有名義を変更してはならない。」との仮処分決定を得て、同年八月二八日にその執行をしたことは、当事者間に争いがない。
第二異議事由の存否についての判断
一 控訴人は、右仮処分により保全されるべき請求権の基礎となる被控訴人の「温泉権」は、土地所有権から独立して法律上の保護を受けるに値しないし、また立札を立てるだけでは明認方法としても不充分であると主張する。
二 本件温泉権が、もと村井産業に属していたことは、当事者間に争がなく、≪証拠省略≫中成立に争のない土地登記簿謄本によれば、控訴人は本件泉源地たる箱根町強羅字板里一三二一番の一九二山林八〇三平方メートルを所有し、その登記手続を了していることが認められる。
控訴人は、「被控訴人の有する権利が単に『温泉源』の権利にすぎない」と主張するけれども、右主張を認めるべき証拠はなく、却って≪証拠省略≫によれば、被控訴人の有する権利はもと訴外村井産業が有していたものを、昭和四三年七月二七日被控訴人が同訴外人より譲り受けたもので、該権利は温泉法所定の許可の下に掘さくされ、湧出のための動力装置が設置されて現に温泉が湧出しており、これを使用、処分できる権利、即ち温泉権であって、泉源地所有権とは別個独立の権利と考えるべきものであることが、明らかである。また≪証拠省略≫によれば、被控訴人は昭和四三年七月三〇日泉源地に、被控訴人がその温泉権を取得した旨を記した立札をたてたことが認められ、右の明認方法は対抗要件として相当であると考えられる。してみれば控訴人の泉源地所有権は温泉権の負担を負っているもの、換言すれば、底地所有権にすぎないというべきである。従って控訴人は泉源地について温泉権の行使を妨げることはできないとは言を俟たない。
三 ≪証拠省略≫を綜合すれば、控訴人が昭和四三年八月二三日に村井産業から本件温泉権を譲受けた事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
しかし、控訴人が右温泉権の取得を公示するに足りる明認方法を施したことを認めるに足りる何らの証拠も存しない。≪証拠省略≫によれば、村井産業は、昭和四三年八月二四日に、かねて神奈川県知事に申請していた温泉動力装置許可の申請を取下げ、控訴人が右同日に同県知事に対し右許可申請をなした事実が認められるけれども、それだけでは明認方法として十分でないことは明白である。
四 なお控訴人は、被控訴人がその主張通り、訴外村井産業より本件温泉権を譲受ける契約をしたとしても、右の契約は被控訴人と訴外村井産業との間で相通じてなした虚偽表示であって無効である、と主張するけれども、被保全権利の存否については、仮処分執行に対する第三者異議事件においては判断することを許されないから右の主張は失当である。
第三結論
一 以上の次第であるから、自己の温泉権取得を被控訴人に対抗し得ない控訴人の本訴請求は、失当として棄却すべきものである。
二 よって、これと同趣旨の原判決は相当であるから、本件控訴を棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条の規定を適用して主文の通り判決する。
(裁判長裁判官 室伏壮一郎 裁判官 三井哲夫 河本誠之)
<以下省略>